保健医療分野のGIS研究・教育の国際な拠点に向けて、圏内外の数多くのプロジェクトをGISを用いて遂行し、保健医療の発展に貢献する。
新潟大学医学部公衆衛生学教室は1947年に東京大学、大阪大学と共に我が国で最初に開設された伝統ある教室であり、多くの研究成果が積み重ねられてきた。圏内においては感染症の研究のみならず生活習慣病の指導など市民に対する啓蒙活動にも注力する一方、海外においては、国際医療の観点から途上国における感染症対策、人材の育成を行っており国内外において公衆衛生学をリードする教室である。
J.Snowがコレラの流行を地理情報を
用いて解明した汚染水道ポンプ跡
GISの考え方は、英国の疫学者John Snowがロンドンで発生したコレラの流行について地理情報を用いて解明したことに始まる。1854年8月にコレラの流行が発生した際に、彼は飲料水がコレラの罹患と関連するとの仮説から、死亡患者の住所を地図上に図示して汚染源の水道ポンプを特定し、その利用を中止させることにより流行を抑えた。コレラ菌がRobert Kochによって発見される約30年前に、地理’情報を用いた疫学的手法によりコレラの流行を抑制した彼の行動は、今なお医学史で語り伝えられる逸話である。
感染症の病因検索に際して地理的な要因との関連性を検討する手法は、現在でもなお疫学調査の基本の1つである。デジタル地図・情報の入手が容易になるにつれて、GISは、ヒトの健康、生物的・社会的要因などの多種類にわたる情報の関連を地理的な側面から解析できる点で、医療分野において強力なツールとなっている。具体的には、例えば感染症の疫学調査において、患者情報から空間的・時系列的な解析を行うだけでなく、人口や経済状況などの社会的な要因を含めた関係からリスク患者層の地域的分布を解析でき、的確なワクチン投与、抗ウイルス剤の措置など効率的な医療資源の配置が可能となる。
公衆衛生学教室では1999年以来、このGISを教室の中心テーマの1つとして研究・教育を推進している。このような取り組みの下、文部科学省の国際戦略本部強化事業に採択された新潟大学国際戦略本部による支援プロジェクトのーつとして「GIS医療新分野への応用研究」が採用された。この活動の一端として2006年3月に「医療保健分野へのGISの応用に関する国際シンポジウム」が国内外の著名な関係者を招き開催され、成功理に終了した。
医学が発達した今日においても、インフルエンザは人類にとって最大の疫病である。公衆衛生学教室は早くからインフルエンザの地理的分布や時系列的な変化をGISによって解析する取り組みがなされている。
例えば、インフルエンザによる小中学校の学校・学級閉鎖の週毎の変化の解析から、インフルエンザ感染の地域移動は、平野部分では一気に広く拡散し、狭い山間部においては突通網に沿った伝播様式をとることが明確に示されている。
このような一連の研究成果は「新潟県インフルエンザ、流行GIS情報」とてWebを通して一般公開されており、新潟県内の小中学校の学級・学校閉鎖実施状況や、佐渡市の医療機関から収集されたインフルエンザウイルスA型、B型を区別した情報によって、患者の地域的な傾向や流行のピークなどがマップにより誰でも確認できる。新潟日新聞にこの取り組みが紹介された翌日には、1日あたりのアクセス数が約1000を記録し、疾病情報の公開の関心の高さが示された。
ザンビア共和国はアフリ力大陸の南部に位置する内陸国である。英国からの独立後、社会主義体制が続いたが、1990年の政権交代により資本主義経済体制が導入され、市場開放が行われたが、銅の世界的な暴落により最貧困の1つとなっている。このような背景の下、都市への人口流入が都市の許容範囲を超え、不法占拠地区が発生し不衛生な環境の下でコレラをはじめとする疫病が多発している。コレラの発生と住環境などの関連性を解明するため、鈴木宏教授をはじめとする研究チーム首都ルサ力において調査を開始した。
研究チームはGISを用いた調査にあたって、最初にデジタル地図作成から取り組んだ。人工衛星を元に道路網などをデジタル化し、住居表示が無いこの固でGPS(汎地球測位システム)とPDA(携帯情報端末)をあわせたモバイルGISを用いて調査地区の住所を特定化した。行政区分別のコレラの流行と患者情報の解析から、下水施設とトイレの無いことが者発生増加につながることが解明され、今後の都市整備の方向性が示された。これらの情報を含め、雨量、患者数、患者の地理的分布、致死率などを1つの目安としてコレラ対策を行うことを政府に提言した。疾病予防・制御lこ対して、GISは有効な資料を提供できることが証明された海外プロジェクトの1つである。
新潟大学へのサイトライセンス導入に伴い、「ヒューマン・ヘルスGISセンター」が医学部研究棟の7階に設置される。ヒューマン・ヘルスに特化したこのような施設は我が国初であり、この分野におけるパイオニアとして先頭を走り続けている。
本センターによって、医学部医学科・保健学科、歯学部におけるGIS分野の学部教育と大学院の研究・教育が容易となる。また、海外の研究機関との連携を図り、国際的な水準での研究・教育を行うことを目指す。一方、園内では他の大学との共同研究のみならず地域医療、保健現場で働く人々に門戸を聞き、地域貢献の役割も果たすセンターとなる。公衆衛生学教室の取り組みが日本のおける保健医療分野のGISのモデルとなるように、教室スタッフは日々粉骨砕身で研究・教育に取り組んでいる。