地震被害想定システムは、震源情報や地盤情報から、地震動の強さ、建物や人的被害を推定するシステムである。過去の地震で経験した災害直後の被害情報の空白時間を補間することを目的として開発された。地震発生直後の震源・震度情報をオンラインで取得し、人口や建物のデータベースと共に被害の推定を行う。推定結果はWebで公開、また電子メールで関係者に通知する機能を持つ。また、時間の経過とともに情報を追加し、災害情報と予測結果を更新していく。このシステムにより、初動期における意思決定に非常に大きな向上が期待される。
阪神淡路大震災における災害対応の初期段階では、広範囲にわたる被害と通信の途絶などによって、甚大な被害を受けた地域および全体的な被害規模の把握ができず、全国からの消防応援部隊の活動に係る意思決定が容易でなかった。地震発生後に被害の様相がなかなか把握できない状況下では、被害の規模や分布を推定する仕組みが応急対応に係る意思決定を支援するものとなり得る。このような仕組みの一つとして、震源に関する情報に基づいて被害を推定することが可能な「簡易型地震被害想定システム」を開発し、消防庁などで運用してきた。しかし、2011年東北地方太平洋沖地震のような巨大地震では、気象庁から地震直後に発表される震源に関する情報のみからでは、正確な推定ができず、応急対応の妨げともなりかねない。そこで震度情報などを活用することにより、巨大地震に対しても確度の高い地震被害推定結果が得られるようなシステムとして「広域版地震被害想定システム」の開発を行った。
被害想定を行うには、震源、震度などの動的な情報に加え、推定に必要なデータ ベースの準備(地形、人口や建物の分布など)、被害推定の計算プログラム(地震動を推定するモデル、GISソフトウェアなど)の構築が必要になる。広域版地震被害想定システムは、それまで使われてきた簡易型地震被害想定システムの機能を更新する形で開発された。
地震に関する情報はUSGS(米国地質調査所:震源情報)、ハレックス(気象庁防災情報:震源情報、震度情報、津波情報)など複数のソースからインターネットを介しオンラインで取得する。USGSからの地震データを取り込むことにより、国内だけでなく国外で発生した地震にも対応することが可能となった。これらの動的データは、訓練モードでは手動での入力が可能で、任意の条件での地震被害想定を対話的に繰り返し実行することが可能である。震度分布は、まず点震源(ポイント)による予測が行われ、次に計測震度情報(マルチポイント)により補間される。また訓練モードでは点震源だけでなく線震源(ライン)による計算も可能で、プレート境界の大規模地震による被害推定が可能となっている。静的なデータベースの主なものは、
などである。
これらデータの基本単位であるメッシュのサイズが以前の約1kmメッ シュから約250mメッシュへと詳細化され ている。これら動的データ、静的データを組み合わせ地表面での震度分布、最大速度分布が推定され、その結果を基に地震による家屋倒壊、火災分布、人的被害分布などが推計される。解析モデルはArcGISのモデルビルダーが用いられている。
解析結果はArcGIS for Serverを介しWebで公開される。またそのURLを電子メールで関係者に通知し、URLのリンクから結果を確認することができる。またWebマップとは別に主題図を作成するプログラムによりマップ(画像)および被害の市区町村別集計結果(CSVファイル)も作成され、同じくWebサイトから確認することができる。また、このシステムは変化する情報に対応した被害推計システムである。地震直後の震源情報等により最初の被害予測が計算されるが、その後時間の経過とともに更新される震度情報に基づき被害推計が随時更新され、更新ごとに関係者には電子メールで通知されるのである。
オンラインによる震源情報の取得により、ほぼリアルタイムで面的な被害想定が可能になった。これにより災害発生直後の「被害情報の空白時間」を補間することが可能になった。これは適切な初動対応を行うために大きな効果がある。例えば緊急消防援助隊を「どこに、どのような装備の隊を、どれだけ」配備すればいいのかといった意思決定、判断に大きな向上をもたらす。
現在は、広域版地震被害想定システムの試験運用を実施している段階であり、地震発生から被害推定結果が得られるまでの時間的経過やその精度評価など、シ ステムの機能を検証している。今後は、それらの結果を踏まえ、地震発生後の応急対応など危機管理の現場におけるシステムの実運用や一般公開を目指して、機能を高度化する予定である。